

新人職員
今日は,覚せい剤の使用,所持のテーマの際に,少し話題になった「一部執行猶予って,どういう制度?」について説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
はい。法律上,刑の一部執行猶予という制度は覚せい剤事件に限定されていません。他にも,性犯罪,暴行傷害など暴力的事件,飲酒運転などを想定して,制度が創られました。
新人職員
一部執行猶予の実情は,どうなんですか?
弁護士
高橋裕
ほとんどが覚せい剤等の薬物犯罪です。そこで,覚せい剤事件を念頭において説明していきます。
新人職員
一言でいうと,どのような制度なのですか?
弁護士
高橋裕
法律的に詳しい話は,いろいろと文献があったり,法務省,保護観察所のホームページなどで説明されています。ここでは,一部執行猶予判決とは,どういう制度なのかという基本を,わかりやすく説明していきます。
新人職員
はい。
弁護士
高橋裕
刑の一部執行猶予は,何のための制度か知っていますか?
新人職員
刑の一部執行猶予は,刑務所に入った受刑者が一日でも早く刑務所から出るための制度じゃないんですか?
弁護士
高橋裕
よく,勉強していますね。半分,正解です。
新人職員
どういうことですか?
弁護士
高橋裕
「刑務所に入った受刑者」という点は正解です。一部執行猶予は,刑務所に入ること,即ち,実刑判決を前提にしているという点は,正解です。
新人職員
「一日でも早く刑務所から出るための制度」という点は正解じゃないんですか?
弁護士
高橋裕
残念ながら・・・正解ではありません。結果として・・・受刑者は刑務所から早く出ることができますが,そのことを目的として新たに設けられた制度ではありません。そのことを正しく理解していないと,裁判所から一部執行猶予判決を得ることが難しくなります。
新人職員
えっ,じゃあ何のための制度なんですか?
弁護士
高橋裕
刑務所に入った人が二度と犯罪行為を繰り返さないように更生させるための制度です。
新人職員
刑務所に入った人を更生させるのであれば,一部執行猶予などと言わず・・・できる限り長い期間,刑務所に入れておけば良いのではないでしょうか?
弁護士
高橋裕
昔はその考えでした。そのような考えで,長い間,刑事司法が行われて来ました。しかし,更生,再犯防止の成果が上がらない。刑務所を出て自由の身になると犯罪行為(覚せい剤使用)を繰り返す人が多かったのです。
新人職員
発想の転換をしなければいけないという状況ですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。そこで,刑務所を出た後もしばらくは保護観察所等による指導を受けさせて,その指導が終わった後に完全に自由な社会生活に戻るというプランを作るためにできた制度です。
新人職員
今まで・・・というか,今でも,仮釈放という制度があって,刑務所を出た後もしばらくは保護観察を受け続けることができるのではないですか?
弁護士
高橋裕
よく学習していますね。そのとおりです。しかし,仮釈放では刑務所を出た後の指導教育期間としては短すぎて不十分でした。そこで,仮釈放制度を残したまま,新たに一部執行猶予制度を設けて,仮釈放の期間と一部執行猶予の期間を合算して,刑務所を出た後の指導教育期間を十分に確保して,犯罪者を更生させ再犯を防止しようとしたのが,一部執行猶予制度を新たに創った目的です。
新人職員
一部執行猶予で早く刑務所から出られるからバンザイという制度ではないのですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。結果として早く刑務所から出ることができますが,制度の趣旨を正しく理解していないと,裁判所から一部執行猶予判決を得ることが難しくなります。
新人職員
一部執行猶予について,特に注意することはありますか?注意事項はいろいろあると思うのですが・・・特に注意すること・・・。
弁護士
高橋裕
一部執行猶予の期間中(通例では2年間程度)に,保護観察所による覚せい剤を断つための指導を受けることができますが,指導を受けるとともに覚せい剤を使用していないか検査を受けることになります。
新人職員
指導を受けさせてもらえるのは,ありがたいですね。
弁護士
高橋裕
そうですね。でも,検査については,刑務所を出た後に,隠れて覚せい剤を使おうなどと考えている人にとっては,ありがたくない仕組みですね。
新人職員
あっ,そうなりますね。隠れてやった覚せい剤使用が検査で発覚する可能性は高いし,バレたら,一部執行猶予も取り消しですよね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。私は,一部執行猶予判決を狙うことを目標にしようと考えている被疑者,被告人に対し,「一部執行猶予は,覚せい剤を本当に心からやめたいと思っている人にはとても良い制度です。しかし,隠れて覚せい剤を使おうなどと考えている人にとっては,極めて都合の悪い制度です。教育を受ける意味はないし,検査で覚せい剤使用がすぐにバレてしまいます。あなたは,どちらですか?」と,言って一部執行猶予制度の説明を締めくくります。
新人職員
いいお話ですね。
弁護士
高橋裕
ほとんどの被疑者,被告人は,覚せい剤を本当に心からやめたいと考えています。そのお手伝いをするのが,一部執行猶予制度です。
新人職員
なるほど。
弁護士
高橋裕
その他,3年を超える懲役刑には一部執行猶予ができないこと,親族等の監督者が一部執行猶予中の指導に協力してくれることなどが必要になることなど,一部執行猶予を得るためのハードルが幾つかあります。
新人職員
いろいろと難しそうですね。
弁護士
高橋裕
大丈夫です。刑事弁護に詳しい弁護士を依頼すれば,当然,一部執行猶予制度を熟知しています。一部執行猶予判決を貰うのに必要な立証はしっかり行なってくれるはずです。
新人職員
わかりました。少し安心しました。
弁護士
高橋裕
もし,どうしても詳しいことを自分で知りたければ,先ほどお話したように,法務省,保護観察所のホームページでも説明していますので,そちらをご覧ください(ただし,詳しくて読むのが大変です。)。
新人職員
先ずは,制度の基本的な考えを理解することが大事,という訳ですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。
新人職員
今日は,覚せい剤事件に関連して,「一部執行猶予って,どういう制度?」について説明をしていただきました。ありがとうございました。