


※弁護士事務所に勤務して間もない新人職員(少しの知識と経験あり)からの質問に答えるという形で説明しています。
新人職員
私の知人に,警察から犯人ではないかと疑われ,事情を聴きたいので警察署に出頭するように言われた人がいます。取調べを受けることになった場合に,何か注意することはありますか?
弁護士
高橋裕
あります。
一般的な注意と個別的な注意に分けることができます。
新人職員
順番に説明してください。
弁護士
高橋裕
それでは,一般的な注意から説明しますが,その前に,いきなり質問します。
警察での取調べは,何のために行うか知っていますか?
新人職員
その知人から事情を聴いて,本当に犯人かどうかを確認するためだと思います。
弁護士
高橋裕
それが,取調べの本来のあるべき姿です。
新人職員
「取調べの本来のあるべき姿」ということは,現実は違うということですか?
弁護士
高橋裕
あるべき姿どおりの場合もあれば,そうではない場合もあります。
新人職員
そうではない場合とは,どういう場合ですか?
弁護士
高橋裕
「犯人と疑われている人から事情を聴いて,本当に犯人かどうかを確認する」のではない場合です。
新人職員
さっぱり,わかりません。
弁護士
高橋裕
一言で言えば,既に「犯人であると決め付けている」場合です。
新人職員
そんなことがあるのですか?
弁護士
高橋裕
あります。
既に「犯人であると決めている」ので,取調べは「事情を聴く」のではなく,「私が犯人です。」と言わせて,「私が犯人です。」という内容の調書を作るために行います。
新人職員
本当に,そんなことがあるのですか?
弁護士
高橋裕
あります。
再審で無罪になる事件は,ほとんど,このような取調べの結果,犯人ではない人が「私が犯人です。」という嘘の自白をして有罪になって刑務所に入っています。
新人職員
再審で無罪になった事件の他にも,そんなことがありますか?
弁護士
高橋裕
あります。
数年前に厚生労働省の局長が部下に違法行為を指示した犯人扱いされた事件です。
新人職員
あー,新聞,テレビで大きく報道されたあの事件ですね。担当検事が偽の証拠を作ったということで大問題になりましたね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。
警察でなく検察官がそのような違法行為をしたということで,マスコミが大きく取り上げましたが,その背景には,「犯人であるという決め付け」があるのです。
新人職員
どういうことですか?
弁護士
高橋裕
証拠を捏造した担当検事は,無実の人を陥れようとしたのではありません。
新人職員
えー,無実の局長を陥れようとしたんじゃないですか?
弁護士
高橋裕
担当検事が,局長を無実の罪に陥れようとする理由,必要性はありません。担当検事は,局長が犯人に間違いない。でも,証拠がない。局長は「私が犯人です。」とは言わない。犯人なのに,証拠がないのをいいことに罪を免れようとしている。そんなことは許されない。社会正義に反する。それなら,証拠を作ればいいではないか?そうすれば,社会正義に適った結果が得られる。このような発想で,証拠を捏造したものと思われます。
新人職員
それじゃ,悪いことをしたという意識はないのですか?
弁護士
高橋裕
そのとおりです。犯人を処罰する。証拠がないことをいいことに逃げることを許さない。そういう社会正義を実現する手段として証拠の捏造をしたと思われます。
新人職員
担当検事は,罪の意識がまるでないのですか?
弁護士
高橋裕
そこが恐いところです。人間,自分が悪いことをしている,という罪の意識があると,躊躇します。止めようかと思いとどまります。
しかし,罪の意識がなく,逆に,自分の行為が社会正義を実現するものであると考えていれば,何も躊躇することはありません。思い切り実行します。
新人職員
取調べで警察が「犯人と決め付けている」のも同じですか?
弁護士
高橋裕
発想は同じです。
「犯人であることに間違いないのに,証拠がないことをいいことに罪から逃げようとしている。そんなことは許されない。絶対に『私が犯人です。』ということを認めさせてみせる。」という発想で取調べを行う場合があるのです。
新人職員
そんなことになったら,「私は犯人ではありません。」と言っても,納得して貰えないじゃないですか?
弁護士
高橋裕
そのとおりです。
そのような状況での取調べを受けた人の体験談をいくつも聞いています。いくら犯人ではない事情を説明しても,取調べ警察官は,「そんなことを聞いているんじゃない。」の一点張りです。「私が犯人です。」と言うまで,何を言っても,何を説明しても,全く聞く耳を持たない場合があるのです。
新人職員
そんな取調べが続くと,どうなるのですか?
弁護士
高橋裕
いわゆる,心が折れた状況になります。何を言っても信じて貰えない。そもそも聞いてもらえない。もう駄目だ・・・。そして,そんな取調べが何日も続くと,最後には・・・「私が犯人です。」・・・と嘘の話を始めるのです。
新人職員
そんなことが起きるのですか? とても信じられません。
弁護士
高橋裕
とても信じられない話ですが,幾つもの冤罪事件が現実を物語っています。
新人職員
恐いですね。そんな目に遭わないためには,どうしたらいいのですか?
弁護士
高橋裕
取調べは,必ずしも,「犯人と疑われている人から事情を聴いて,本当に犯人かどうかを確認する」ために行われる訳ではない。予め,犯人であると決め付けていて,「私が犯人です。」と言わせるために行われる場合がある。まずは,そのことを頭の中に入れておくことが第一です。
新人職員
そのことを念頭に置いて,取調べに行けば大丈夫ですね。
弁護士
高橋裕
大丈夫ではありません。今までの話は,一般的な注意です。
新人職員
えっ・・・。じゃあ,どうすれば,いいのですか?
弁護士
高橋裕
一般的な注意を念頭に置いた上で,個別的な注意をすることです。そのために,弁護士がいるのです。
新人職員
じゃあ,続けて,個別的な注意を教えてください。
弁護士
高橋裕
残念ながら,個別的な注意は,文字通り個別的な事件の内容や取調べ状況によって,異なってきます。
新人職員
どうするのですか?
弁護士
高橋裕
取調べの前後に,事件の内容やこれまでの取調べ状況などを詳しく聞いて弁護士がアドバイスをします。
新人職員
弁護士が警察署に何度も行って,逮捕されている人に面会(接見)するのは,そのためですか?
弁護士
高橋裕
そのとおりです。一人で寂しいだろうから会いに行っている訳ではありません。
新人職員
だから,「家族が突然,逮捕されました」の話で,弁護士に直ぐに面会(接見)に行ってもらうことを勧めていたのですね?
弁護士
高橋裕
そうです。特に初回の面会(接見)が重要です。面会(接見)の際の取調べ状況の把握,今後の取調べに対するアドバイスがとても重要になります。逮捕されて2~3日後の面会(接見)では手遅れになる可能性もあります。
新人職員
今回の私の知人の場合は,逮捕されていないので,安心ですか?
弁護士
高橋裕
逮捕されていない場合でも,犯人でない人が犯人扱いされる危険性は同じです。
新人職員
逮捕されていない場合でも,弁護士を頼めるのですか?
弁護士
高橋裕
もちろんです。弁護士高橋裕も,逮捕されていない人から依頼を受けて,弁護活動をしたことがあります。
そのうちの1件は,正に,犯人でないのに犯人扱いされていた事件でした。
新人職員
その事件はどうなりましたか?
弁護士
高橋裕
逮捕こそ,されませんでしたが,何度も警察署に呼び出されて取調べを受けました。犯人であると認めるかのような調書も作られそうになりました。その都度,弁護士高橋が取調べに対するアドバイスをして,「私が犯人です。」という間違った調書を作らせないようにしました。最初の呼出しから1年近く要しましたが,最後は,無事に不起訴処分で終わりました。
新人職員
前科も付かなかったのですね。よかったですね。
弁護士
高橋裕
当然です。犯人ではないのですから。
新人職員
わかりました。今日は,「取調べを受けるときに注意することってあるの?」について,教えていただきました。取調べというのは,とても恐いものなんだなぁ,と実感しました。
弁護士
高橋裕
まず,その怖さを知ってもらうことが,とても大事です。
新人職員
その怖さを避けるために弁護士がいるのですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。
新人職員
今日は,ありがとうございました。