


※弁護士事務所に勤務して間もない新人職員(少しの知識と経験あり)からの質問に答えるという形で説明しています。
新人職員
今日は,刑事事件の仕組み②として,前回の続き「勾留等に対する準抗告」について説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
はい。「勾留の裁判は不当であるから取り消しを求める。」,「接見等禁止の裁判は不当であるから取り消しを求める。」という申立てを準抗告といいます。
新人職員
なぜ,「準」という文字が付くのですか?
弁護士
高橋裕
「準」という文字が付かない「抗告」というものがあります。これは,例えば「勾留等」をした公判担当裁判所の判断について,上級審である高等裁判所宛てに申立てをするものです。「準抗告」は地方裁判所の裁判官がした勾留の裁判に対して同じ地方裁判所に不服申立てをするので,「抗告」に準ずるものとして「準抗告」という名称になっています。
新人職員
何か,難しいですね。
弁護士
高橋裕
申立書に記載する宛名の裁判所が異なり,弁護士にとっては重要なことなので,一応説明しましたが,一般の方はよく分からなくても大丈夫です。
新人職員
準抗告は,どういった場合にするのですか?
弁護士
高橋裕
勾留が不当な場合に行います。事案ごとに事情は異なりますが,共通する要素を挙げてみると,事案が軽微である(法定刑が比較的軽い,その犯罪の結果が重大なものではない),前科がない(あるいは懲役前科がない),犯罪事実を素直に認めていて証拠隠しをするとは考え難い,生活の場(住居)があって仕事をしている(学生である,家族がいる)などの事情に照らし生活の場(住居)から逃げることは考え難いなどの事情が挙げられます。
新人職員
そのような事情が重なると,どう評価されるのですか?
弁護士
高橋裕
そのような事情が重なると法律的に勾留の要件を満たさないことになります。仮に勾留の要件を満たすと考える余地があるとしても,被疑者を帰宅させた状況で捜査を続ければ足りるということになります。
新人職員
捜査は,任意捜査が原則ですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。よく勉強していますね。
新人職員
ところで,勾留の裁判が不当であると主張して準抗告した場合に,勾留の裁判が取り消されることは,現実にあるのですか?
弁護士
高橋裕
パーセントで言うとかなり低くなりますが,取り消しも現実にあります。
新人職員
あっ,そう言えば,事務所の本棚に,準抗告の事例を解説した本がありました。
弁護士
高橋裕
あの本は,私も買って閲読しました。愛知県弁護士会の刑事弁護委員会の複数の弁護士が執筆したもので,勾留等の裁判に対する準抗告決定を取り扱った書籍です。100件近い事件について,詳細な分析,解説がされていて,刑事弁護を担当する弁護士にとってとても勉強になる内容でした。
新人職員
高橋弁護士は,刑事裁判官の経験が長いのですが,そのような立場の人が読んでもためになる内容ですか?
弁護士
高橋裕
もちろんです。裁判官と弁護士では同じ事件を担当していても,物の見方,考え方が異なります。私も,裁判官は長くても,弁護士としはまだ5年目です。とても教えられるところが多々ありました。是非,お勧めします。
新人職員
そうなんですね。
弁護士
高橋裕
少し,話がそれているついでと言っては何ですが,近時,各地の弁護士会で,不当な勾留の裁判に対して積極的に準抗告の申立てをして行こうという運動が実施されています。愛知県弁護士会でも,今年(令和元年)実施される予定であると聞いています。
新人職員
そのような運動は効果があるのですか?
弁護士
高橋裕
すでに実施した弁護士会の実績として,勾留の裁判がされずに釈放される比率が高まったという報告がされています。
新人職員
効果が実際にあるのですね。
弁護士
高橋裕
はい。全体的な数字はもちろんですが,個別事件についても準抗告をしなければ10日間勾留されたままであろう事案について,勾留の裁判が取り消されて早期に釈放されたという報告も多々なされています。
新人職員
次に,接見等禁止の裁判に対する準抗告について,説明してください。
弁護士
高橋裕
接見等禁止は,被疑者を勾留しただけでは証拠隠滅などを防止できないので,勾留に加えて,弁護士以外の人とは面会等をさせないという裁判です。通常,検察官が勾留請求とともに裁判官に請求し,裁判官が勾留の審査とともに接見等禁止の審査もすることになります。
新人職員
実情は,どうなっていますか?
弁護士
高橋裕
被疑事実を争っている場合,共犯者がいる場合,被疑事実を認めていても関係者等について隠そうとしている態度が顕著である場合など,検察官から接見等禁止請求がされて,裁判官が接見等禁止の裁判をする例が結構あります。
新人職員
準抗告はできるのですね。
弁護士
高橋裕
もちろんです。
新人職員
接見等禁止の裁判がされているということは,当然,勾留の裁判もされているのですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。この場合,勾留の裁判,接見等禁止の裁判,いずれも不当であると主張して両方の取り消しを求めることができます。あるいは,弁護人から見ても勾留の裁判はやむを得ないと考えられるが,接見等禁止の裁判まですることは不当であるとして,接見等禁止の裁判についてのみ準抗告をすることもできます。いずれの方法にするかは,事案をよく検討した上で弁護士の判断です。
新人職員
接見等禁止については,取り消しを求めるのではなく,家族だけでも面会等ができるように申立てをするという方法もありますね。
弁護士
高橋裕
よく,勉強していますね。そのとおりです。「接見等禁止の一部解除の申立て」と言われるものです。
新人職員
あっ,それです。
弁護士
高橋裕
他のテーマで説明したところと重複するかも知れませんが,改めて,説明します。
新人職員
はい,お願いします。
弁護士
高橋裕
接見等禁止の裁判をされた場合,被疑者が一番辛いのは,面会等ができる相手が弁護士だけになって,逮捕されるまで毎日顔を合わせていた家族と面会も手紙のやり取りも禁止されてしまうことです。
新人職員
そうですね。せめて,手紙だけでもと思いますが,面会が禁止される場合は,手紙も禁止されますね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。事件に係わらない伝言であれば,弁護士を介して行うことが可能ですが,やはり,できれば家族の顔を見て話をしたいものです。
新人職員
そのような場合に,家族限定で面会等ができるように申立てをするのですね。
弁護士
高橋裕
はい。不当な接見等禁止の裁判に対しては,準抗告をすべきであるというのが正しい姿勢であると考えられますが,他方,一部解除の申立てという方法を選択することについて長所もあります。
新人職員
どのような長所ですか?
弁護士
高橋裕
第1点目として,準抗告の申立てをする場合に比べて,面会等が認められる可能性が高いということです。検察官も,家族が事件に関係していないことを把握していれば,家族の面会等にあえて反対しないことがよくあります。検察官が反対しない場合は,裁判官も家族について面会等は許可するという判断をしやすくなります。
新人職員
2点目は何ですか?
弁護士
高橋裕
第2点目は,面会等ができる時期が早くなるという点です。準抗告をすると決定が出るまでに時間が掛かります。地方裁判所の裁判官3名で合議する上,その理由も書面に記載するので時間が掛かるのです。他方,一部解除の申立ては・・・検察官の意見を聴く手続が入りますが・・・裁判官が一人で判断するので,判断は早いです。決定書も定型のものなので書記官がパソコンで準備します。準抗告決定書に比べて時間が掛かりません。更に,申立ても,FAXで行なうことができます。一部解除の申立書に押印して完成したら,裁判所まで持って行くことなく,FAX送信で直ぐに申立てができます。この点でも時間が短縮できます。更に言えば,申立書も簡潔に記載するので完成までの時間も短いです。
新人職員
3点目は,何ですか?
弁護士
高橋裕
被疑者としても,家族とは面会等したいけれども,事件関係者とは面会等は希望しないことがほとんどです。そのような場合,家族との面会等は希望しているけれども事件関係者と面会等して証拠隠滅を図るつもりは一切ないという態度を明らかに示すことができます。被疑者のそのような態度,姿勢は,後々いろいろな場面で有利に働いてきます。
新人職員
わかりました。今日は,刑事事件の仕組み②(準抗告等)について,説明して貰いました。ありがとうございました。