


※弁護士事務所に勤務して間もない新人職員(少しの知識と経験あり)からの質問に答えるという形で説明しています。
新人職員
今日は,基本的な話ですが,「刑事事件の仕組み」について説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
はい。刑事事件は,弁護士,検察官,警察官(刑事)が主役のテレビドラマなどで取り扱われたり,政治家や芸能人などの実際の事件でニュース報道されたりするので,法律知識のない一般の方でも目にすることが多い分野です。
新人職員
そうですね。私は,検察官が主役のドラマが好きです。
弁護士
高橋裕
えっ,弁護士事務所で仕事しているのに?
新人職員
はい。
弁護士
高橋裕
まぁ,その点は個人の好みなので・・・説明に入ります。
皆さん,ドラマ,ニュースなどで,ある程度の知識はお持ちですね。普通に生活していく場合は,それで十分です。無理に,刑事事件の仕組みを知る必要はありません。
新人職員
まぁ,そうですね。
弁護士
高橋裕
でも,想定外の事態が起きて,自分あるいは家族が刑事事件の当事者になってしまったら,正しい知識を持ちたいですね。
新人職員
それはそうです。専門的なことは弁護士にお願いするにしても,何も分からないと,依頼した弁護士にいろいろ質問するにしても,全く見当違いの質問をしてしまいますからね。
弁護士
高橋裕
もちろん,弁護士であれば,全く見当違いの質問をされても丁寧に教えてくれると思いますが,それだけ手間が掛かるので,急ぐ場合の貴重な時間が削られてしまいます。基本的な仕組みだけでも知っておくと,想定外の事態が起きたときに助かります。
新人職員
はい。それでは,説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
刑事事件の仕組みを理解するためには,手続の全体を見える事件を例にします。
新人職員
窃盗事件ですか?
弁護士
高橋裕
覚せい剤使用の事件を例にします。覚せい剤使用の事件は,任意捜査から始まって,逮捕,勾留を経て,起訴,地方裁判所における審理,判決まで手続が進むことが多いので,刑事事件の全体を見渡すためには,わかりやすい事件です。
新人職員
はい,それでは,覚せい剤使用の事件を例に説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
ある人(Aさん)が,いろいろな状況証拠から覚せい剤使用を疑われました。警察から尿検査への協力(承諾)を求められます。
新人職員
それは,強制ですか?
弁護士
高橋裕
捜査(尿検査)の原則は,任意です。
新人職員
任意ということは拒否できるのですか?
弁護士
高橋裕
任意の尿検査は拒否できます。しかし,任意の尿検査を拒否すると,強制的に尿検査ができる令状を裁判所から貰ってきて,強制的に尿検査をされてしまうことが多いです。
新人職員
それじゃ,拒否しても意味がないじゃないですか?
弁護士
高橋裕
そのとおりです。そのため,尿検査の殆どは任意の検査となっているのが実情です。私は約20年間刑事事件担当裁判官を務めたうち13年間くらいは時々令状担当裁判官を経験しましたが,それでも,強制的に尿検査をするための令状審査をしたことは数えるほどしかありません。
新人職員
尿検査の結果,覚せい剤の反応が出るとどうなりますか?
弁護士
高橋裕
殆どの場合,逮捕されます。
新人職員
逮捕されない場合もあるのですか?
弁護士
高橋裕
ごく稀にあります。私が,裁判官の時に経験した事例として,赤ちゃんと2人暮らしの女性に覚せい剤使用が発覚しましたが,その女性以外に赤ちゃんの世話をする人が誰もいない状況であったため逮捕されませんでした。まぁ,逮捕されない場合は,例外中の例外と考えた方がいいと思います。
新人職員
元に戻って,逮捕された場合,その後どうなりますか?
弁護士
高橋裕
地域によって異なる実情があるので,名古屋の場合で説明します。
新人職員
はい。
弁護士
高橋裕
名古屋の場合,逮捕の翌日あるいは翌々日の午前中に,逮捕された状態のまま,検察官に事件送致されます。
新人職員
ニュースで言ってる「身柄送検」ですね。
弁護士
高橋裕
そうです。その日の午前中から昼に掛けて,検察官が事件(覚せい剤使用)について,逮捕された人(被疑者)の弁解を聴いて簡単な供述調書を作成します。
新人職員
その後は,どうなりますか?
弁護士
高橋裕
名古屋の場合,その日のうちに,検察官が裁判所に勾留を請求します。
新人職員
えっ,法律上は「24時間以内」なので,次の日じゃないですか?
弁護士
高橋裕
名古屋の場合,その日のうちに勾留請求するのが実情です。
新人職員
裁判所はどうするのですか?
弁護士
高橋裕
名古屋の場合,その日の午後に,勾留質問という手続(被疑者の弁解を聴く手続)をした後,裁判官が検察官からの勾留請求を認めるかどうか審査します。覚せい剤使用は,殆ど勾留されるのが実情です。
新人職員
家族との面会が禁止されるのは,どの時点ですか?
弁護士
高橋裕
逮捕~勾留の間は法律に明文規定がなく議論はありますが,実務では家族の面会はできないとされています。時折,面会させてくれることがありますが,面会を求める権利はないと考えられています。
新人職員
勾留後は,接見等禁止決定が出されることがありますね?
弁護士
高橋裕
よく勉強していますね。そのとおりです。勾留後は,家族の面会は原則自由です。そのため,面会を禁止する必要がある場合は,例外として,接見等禁止決定が出されます。
新人職員
逮捕について,異議申立てはできないのですか?
弁護士
高橋裕
できません。
新人職員
勾留については,異議申立てはできますか?
弁護士
高橋裕
できます。法律上「準抗告」と言われます。
新人職員
接見等禁止決定については,異議申立てはできますか?
弁護士
高橋裕
できます。これも「準抗告」と言われます。
新人職員
その準抗告について,詳しくお聞きしたのですが,時間が足りなくなって来たので,刑事事件の仕組み②で,お願いします。
弁護士
高橋裕
わかりました。
新人職員
今日は,刑事事件の仕組み①・・・覚せい剤使用事件を例にして,逮捕から勾留,接見等禁止決定まで説明して貰いました。次回は,勾留と接見等禁止決定に対し,異議申立て(準抗告)の説明からお願いします。ありがとうございました。