

新人職員
今日は,犯罪の種類別のテーマで,「覚せい剤の使用,所持」について説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
はい,量刑の話をします。覚せい剤の使用,所持の事件は多いです。事件が多いので,量刑の傾向もほぼ定まっています。判決の予想がしやすい罪です(覚せい剤密輸入や営利目的所持は,量刑傾向が大きく異なるので除きます。)。
新人職員
法律では,最長期間10年の懲役ですね。
弁護士
高橋裕
よく勉強していますね。実際には,現在の刑事裁判の実情としては,覚せい剤の使用1件ですと懲役5年以下と思われます。
新人職員
「現在」というのは,将来の刑事裁判では,懲役5年を超える可能性もあるのですか?
弁護士
高橋裕
はい。私が裁判官に任官した30数年前より更に前には,覚せい剤使用の量刑の最下限は懲役6月~8月という時期もありました。しかし,現在は懲役1年2月~1年6か月が覚せい剤使用の凡その最下限となっています。
新人職員
2倍以上ですね。なぜ,量刑が重くなって来たのですか?
弁護士
高橋裕
覚せい剤犯罪がなくならず,逆に,会社員,主婦,学生など一般人に蔓延してきた,覚せい剤が暴力団の資金源になっている,覚せい剤中毒によって悲惨な無差別殺傷事件が起きるなど,大きな社会問題となったことから次第に量刑が重くなって来ました。その流れからすると,将来,更に重くなっていく可能性も否定できません。法律上は,覚せい剤使用1回でも懲役10年の量刑にすることもできるのですから。
新人職員
昔に比べて重くなって来た理由はわかりました。それでは,現在の量刑傾向を教えてください。
弁護士
高橋裕
覚せい剤の使用(営利目的でなく自己使用)について,初犯者は,懲役1年6か月,執行猶予3年という量刑が最も多いです。
新人職員
あ~,そう言えば,芸能人や元スポーツ選手など有名人の覚せい剤使用は,テレビを見ていると,だいたいその判決ですね。多少違ってくることはないのですか?
弁護士
高橋裕
私は,刑事事件担当裁判官として,多くの覚せい剤使用初犯者に判決を言い渡してきましたが,多くの事件は「懲役1年~1年6か月,執行猶予3年」でした。
新人職員
例外は,どういった事件ですか?
弁護士
高橋裕
現職の国会議員(その後辞職)が覚せい剤使用で逮捕された事件です。「懲役2年,執行猶予3年」という判決をしました。
新人職員
ほかの事件に比べて,懲役2年というのが重いですね。
弁護士
高橋裕
そのとおりです。だいぶ悩みましたが,結論として,執行猶予は付けるが,刑期は通常よりも重い懲役2年としました。
新人職員
この事件は,当時全国ニュースにもなりましたね。
弁護士
高橋裕
はい,判決については,インターネット上で「軽すぎるのではないか」と批判もされました。担当裁判官の悩み(通常よりも重い量刑)とは逆方向の批判をされているのを見て,社会一般人の覚せい剤に対する厳しい目を改めて認識しました。
新人職員
少し話が逸れましたが,元に戻りましょう。覚せい剤使用の2回目はどうなるのですか?
弁護士
高橋裕
判決は,懲役1年6か月の実刑判決が多いです。
新人職員
最初の判決から10年くらい期間が空いていても同じですか?
弁護士
高橋裕
5年~10年以上期間が空けば別ですが,2回目の覚せい剤使用で刑事裁判を受ける人は,1年程度しか期間が空いていないことが多いです。
新人職員
実刑判決でも懲役1年6か月ですと,初回判決と同じなので軽すぎないですか?
弁護士
高橋裕
初回判決から1年程度しか期間が空いていないため,初回判決の執行猶予が取り消されます。そのため,2回目判決の懲役1年6か月の服役が終わった後,引き続き初回判決の懲役1年6か月を服役するので,合計懲役3年になります。ただし,初めて刑務所に入る場合は実際には仮釈放があるので,2年6か月くらいで刑務所から一般社会に戻って来ます。
新人職員
覚せい剤の場合,最近,一部執行猶予という制度ができましたね。
弁護士
高橋裕
覚せい剤に限定されていませんが,実際に一部執行猶予が付されているのは,ほとんど覚せい剤事件です。一部執行猶予は,説明も長くなるので,別の項目でお話しましょう。
新人職員
はい。
新人職員
覚せい剤3回目の量刑はどうなりますか?,1年程度しか期間が空いていないとして。
弁護士
高橋裕
3回目は,懲役2年の実刑判決が多いです。その後,4回目,5回目・・・と,懲役の刑期が半年ずつ長くなって行きます。4回目は懲役2年6か月,5回目は懲役3年です。もちろん実刑判決です。
新人職員
高橋弁護士が裁判官時代に担当した事件で,覚せい剤使用1件で一番量刑が重かったのは懲役何年でしたか?
弁護士
高橋裕
高裁で担当した事件ですが,一審判決で懲役3年6か月(覚せい剤使用6回目)という事件がありました。
新人職員
控訴事件ですね。一審判決の刑が重すぎるという控訴ですね。高裁判決はどうなったのですか?
弁護士
高橋裕
覚せい剤使用6回目で懲役3年6か月の実刑判決で,量刑傾向に沿った刑期でしたので,量刑傾向と異なった量刑をする特別な事情があるかどうか審査しましたが,そのような特別な事情は見当たらなかったので,一審判決は正当であるという高裁判決になりました。
新人職員
今日は,犯罪の種類別のテーマで,「覚せい剤の使用,所持」について説明をしていただきました。ありがとうございました。覚せい剤事件の一部執行猶予については,機会を改めて,説明をお願いします。
弁護士
高橋裕
はい,わかりました。